アップルが発表会映像を用意しながらも「リアルイベント」にこだわる理由

アップルは2022年9月のiPhone・Apple Watch発表イベントを、カリフォルニア州クパティーノにある本社Apple Park内のSteve Jobs Theaterで開催した。Apple Parkでのイベントは2017年に遡り、今年で5年目。

しかし2020年、2021年は新型コロナウイルスのパンデミックへの対応のため、オンラインでの開催となった。

映像自体は、2020年に初めてオンライン開催となったときと同様に、高い完成度とめまぐるしく場面と話者が変わる飽きさせないものだった。この形式になってから、あらかじめ各国の言語で翻訳字幕が用意され、オンライン越しに自国の言葉で発表を楽しむことができる。

一方、Apple Parkでは、シアターで事前に撮影・編集された映像を放映するというスタイルでのイベントだった。これは、2022年6月にApple Parkの社食を開放して行われた世界開発者会議「WWDC2022」と同じで、発表は映像、視聴は会場というハイブリッド形式だった。

ストリーミング映像には残されていないが、Steve Jobs Theaterには、イベント開始の3分前にティム・クックCEOが登場。映画初日の舞台挨拶さながらに新しい形式でのプレスイベントになる点を説明した。

Steve Jobs Theaterというプレスイベント専用設計の建物

WWDC2022の際には、プレスに加えて一部の開発者も集めてのパブリックビューイングであったため、社食の4階分の高さにもなる「窓」を開放し、屋外席と連結するかたちで、まるで野外フェスのようなスタイルで、最新のソフトウェアや技術についての説明を聞いた。

しかし今回はプレスイベントということで、1000人収容のSteve Jobs Theaterでのみイベントが展開した。朝、正円のシアターのロビーに人が集められ、コーヒーや軽食が振る舞われて開場を待つ。

その後、円の建物の外壁に沿って用意された階段で地階に案内されると、正面にシアターが現れる。ここで発表内容のプレゼンテーションを聴く。プレゼンの最終版になると、シアターの背後にあった弧を描いた壁がスライドして収納され、そこに発表された新製品のハンズオンコーナーが現れ、いち早く製品に触れることができる。

このSteve Jobs Theater自体が、プレスイベントのプログラムと導線に沿って設計されている。アップルは、プレスイベントのフォーマットそのものを巨大な建造物で規定するほど、こだわりを持っているのだ。

2年連続でiPhoneの発表をオンラインのみで開催し、少なくともiPhoneのセールスだけ見れば成功を収めている。そのため「アップルは今後もオンラインでの発表を続けるのではないか?」という考え方になっても不思議ではない。

会場は自前なので問題にならないが、人の移動やスタッフの手配など、オンライン開催に比べれば途方もないコストを支払って成立しているからだ。

それでも、アップルはリアルイベントにこだわった。その理由について、長年アップルのプレスイベントのステージに立ってきた人物との立ち話から紐解くことができる。

フィル・シラーの第一声

「今回のWWDC、どうだった?」

2022年6月に開催されたWWDC2022でお披露目となった新型MacBook Air。プレス向けにはSteve Jobs Theaterのロビーでハンズオンが行われた。シアターの活用方法としては少し変則的な部類に入るが、正円で地階のハンズオンエリアと同じサイズのスペースは、必要にして十分な場所だった。

シアターの入口で、筆者の顔を見て声をかけてみた人物こそ、長年製品をステージで発表する役割を果たしてきた、元ワールドワイドマーケティング担当シニアバイスプレジデントで現在アップルフェローを務めるフィル・シラーだった。何気なく問いかけられた素朴な質問の裏に、不安と期待が入り乱れた表情が印象的だった。

WWDCは開発者との直接対話の場、製品発表は消費者との対話の場

アップルにとって、世界開発者会議、World Wide Developers Conference(WWDC)は、開発者との貴重なコミュニケーションの場だ。新型コロナウイルスのパンデミックの影響で2年間はバーチャル開催、つまりオンラインでセッションを配信したり、デジタルラウンジを通じた交流の場を用意するなど、オンラインに移行した。

2022年6月のWWDCでもバーチャル開催は維持されたが、一部の開発者を本社がある巨大なApple Parkに招いた。一般の人を本社に招き入れること自体が異例のことで、プレスも含めた1000人規模のパブリックビューイング形式を採った点が新しかった。

アップルが開発者との良好な関係を作り、喜ばせようとすることこそ、シラーが考えていた「顧客」との関係づくりの1つだったのではないだろうか。そして表情や完成、拍手などのイベント中でのフィードバック、熱量を感じることを、シラーは重視していた。

同じことが、iPhoneの製品発表イベントにもいえる。WWDCが開発者との対話の場なら、iPhoneの発表会はプレスとその情報を読む消費者の反応を見る、大切なコミュニケーションの場になっているのだ。会場はどこで沸き、どこのメッセージに反応が薄かったのか。何が一番喜ばれたのか、意外性があったのか。

プレゼンテーションが行われるシアターで反応を聞いていれば、そうした評価が意外なほどよくわかる。これが、アップルがリアルイベントを復活させたい理由だと考えられる。

今後もイベントは続くが……

アップルは招待客や社員も含めて、イベントに参加する人は前日の抗原検査を義務づけており、また会場内でも密にならないよう席に余裕を持たせていた。一方、米国ではすでにマスクの着用がオプション扱いで、アップルもそれにならい、会場内のマスクは必須ではなくなっていた。

パンデミックへの対応のために、一時はバーチャル開催となり、事前収録となった。プレゼンテーションのテンポの良さや演出の派手さ、言語の問題の解決など、良い面もたくさんあり、これを踏襲するイベントとなった。

しかし同時にイベント会場に呼び入れたプレスやゲストのリアクションやフィードバックも得られるハイブリッド開催のスタイルを取った。これにより、確実に情報を届ける手段を維持しながら、会場の反応を、アップルが製品の最大のゴールである「顧客満足度」の初期値として取り入れ、マーケティングに生かしていくことができるようになる。

新型コロナを経て、アップルのイベントは、その意義や完成度を高め、またアップルが得る情報を最大化することに成功しているとみている。

ただし、改善点もある。今回のiPhoneイベントで一点気になったのは、会場の完成とビデオのズレだ。

ステージでプレゼンテーションを進めるのであれば、会場内が拍手に湧いたとき、その拍手が止むまで演者はしゃべり始めるのを待つことができる。これも重要なインタラクション、コミュニケーションの1つだ。

しかし収録の場合、どの部分で聴衆が拍手をするか、ある程度の想定はするかもしれないが、その反応の大きさまでは予測の範囲外にある。そのため、拍手が続いていながら、ビデオの中の人が喋り始める自体もあり、会場で最初のひと言ふた言が聞き取れないという場面が何度かあった。

あるいは、このあたりもアップルは今後改善に動くかもしれない。それだけ、アップルはリアルイベントの開催へのこだわりを見せることも、想像に容易いのだ。

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分类:情報

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